神出病院における虐待事件 なくすためにはどうするといいのか

「できたこと」「できなかったこと」、 取り組みをとおして見えてきた課題、今後に向けて
兵庫県精神医療人権センター 吉田明彦

埼玉県精神医療人権センターさんから、「埼玉県の精神科病院が非常に閉ざされた環境の中にあり、いろいろな問題が起きている」というお話がありましたが、兵庫県で起きた「神出病院事件」は、まさしくそのような精神科病院の閉鎖性の中で起きた陰惨な事件でした。

11月から12月にかけて大阪や首都圏のいろいろなところから、原稿や集会での報告の依頼をいただいていますが、神戸や兵庫県からは全くありません。「何か過去形で語れるような段階ではない」と地元では皆思っているのです。「問題は始まったばかりだ」「何かを総括して、振り返って言えるという段階にないし、まだ何も解決していない」という、この現在進行形の感覚がこちらでは非常に強いのです。

ですから私の今日のご報告も、不十分だったりまとまっていなかったりする部分があるかと思いますが、そこをご理解ください。なお、私は兵庫県精神医療人権センターの精神障害当事者メンバーです。双極性障害を持っております。発症して22年になり、入院歴があります。短期の任意入院ながら、閉鎖病棟に入れられて隔離や拘束を受けたということがあって、本当にどんなにそれが辛いことかということを自分自身知ったうえで活動に関わっている者です。

神出病院はどのようなところか

神出病院は神戸市内の西区にあります。神戸市内ですが、田舎に位置しています。神戸の中心地・三宮からは遠く、一番近いJRの駅は明石駅ですが、そこから直線距離で約13km、車やバスで片道30分かかり、公共のバスは本数が少なく、最寄りのバス停から1kmの距離があるので病院がシャトルバスを出して送迎をしているという立地です。都市部からは遠隔の場所で起きた事件だということをまず押さえてください。

事件の舞台となった神出病院についての概要を見てみます。神出病院は、兵庫錦秀会という法人が経営している1963年開業のとても古い病院です。1960年代というのは、歴史を知っている方はご存知かと思いますが、「精神障害者は社会の治安を乱す危険な存在だ」、「精神病院を造れ」という、そういう機運がとても高かった時でした。そのような時期に次々に大型の精神科病院が造られた、神出病院はそのひとつです。

2018年度の630調査結果から、少し見てみましょう。入院ベッド数が465床ですから、大変に大きい。しかしそれに対して、スタッフの数が非常に少ない。神戸市内の他の病院と比較しても最低基準です。医師一人あたりの患者数が45人以上。そして看護職員一人あたりの患者数も3.97人。これは、精神保健福祉法や精神科特例によって精神科病院には極めて緩い義務しか課していないはずの医療法の基準から言っても、これ以上スタッフの数が少なければ違法になるという、ギリギリの状態です。

入院形態をみると、医療保護入院が70%以上ですから、先ほどの埼玉の平均よりもこの病院単体をとれば、はるかに多いということになります。もうひとつの重要な点は、医療保護入院が多い病院というのは、病名は統合失調症が多いというのが普通ですが、この病院の場合は認知症が40%を越えており、それがどんどん増えてきているのです。

医師、看護師たちが少なく、また看護助手も少なく、認知症の患者がどんどんどんどん増えていく。空き病床を認知症患者で埋めていく。そういうことを進めてきたので、この病院では、看護師たち、看護助手たち一人ひとりに対する負担がどんどん増えるという状態が続いてきていました。

さらには、長期入院も非常に多いことを指摘します。5年以上入院している人という区切りでまとめると、それが全入院患者の25%を占める状態です。

このような触法、違法状態ギリギリの運営実態だけを見ただけで、「この病院は非常に危うい場所ではないのか」という感じがしてきます。

ここのB棟の4階という病棟で事件が起きました。そこは、精神疾患があるとされている人たちと認知症患者の人たちで、かつ身体の病気も同時に持っているという方々がいる場所だそうです。車イスの方、寝たきりに近い状態の方と、いろいろな医療ケアが必要な方が集められている場所がこの病棟でした。

事件のあらまし

事件のあらましについてお話します。非常にショッキングであからさまな表現が含まれますが、オブラートに包まずそのままお示しします。これを読んで「いやだな、気持ち悪いな」と思われる方があるかと思いますがご容赦ください。

この事件は、「この神出病院に勤務する男性看護師・看護助手ら6人が、入院患者たちに対し、男性同士でキスをさせる、男性患者の性器にジャムを塗って、それを他の男性の患者になめさせる、トイレで水をかける、患者を病院の床に寝かせて、落下防止柵付きのベッドを逆さにして被せて監禁する等々の暴力行為を1年以上にわたって繰り返し、またその様子をスマートフォンで撮影して、LINEで回覧して面白がっていた」というものです。

被害者数は当初3人と伝えられたので皆さんのあいだでも、そう思っておられる方が多いのではないでしょうか。しかし、裁判で被害者として認定されたのは、匿名でA、B、C、D…Gというふうに匿名で呼ばれた7人です。事件の内容、そして被害者の数、どちらから見てもたいへんに深刻な事件でした。

事件の発覚

どのようにしてこの事件が発覚したのかということが重要です。去年の12月11日に、加害者のひとりが病院の外での強制わいせつ事件の疑いで兵庫県警に逮捕された際、持ち物のスマートフォンから病院内での複数の看護師・看護助手らによる患者への暴行の動画が30本以上見つかった、というのが発覚のきっかけでした。

それを受けて兵庫県警が捜査を始め、今年3月4日および24日に、26歳から41歳の男性看護助手と看護師たち6人が準強制わいせつ・暴行・監禁の疑いで逮捕されました。

大事なのは、この事件は内部告発あるいは通報によって発覚したということではないということです。加害者のひとりが、病院の外での強制わいせつ罪容疑で逮捕されたということがあって、たまたま出てきた。そのことが無ければ今なおこの事件があったということは日の目を見てないし、私たちも今に至るまで知らないままでいたのです。

事件の公判

加害者たちの刑事裁判は終わっており、判決も確定しています。裁判は6月23日から裁判始まり、最後の一人の判決言い渡しが10月12日にありました。神戸地方裁判所で裁判が行なわれ、6人とも控訴をしませんでしたので刑は確定しています。

確定判決は次の通りです。27歳の看護助手が実刑で懲役4年、27歳の看護師が実刑で懲役2年、35歳の看護師が実刑で懲役2年、33歳の看護師は執行猶予3年付きの懲役1年6ヶ月、33歳看護師は執行猶予4年付きで懲役3年、42歳看護師が執行猶予3年付きで懲役1年6ヶ月です。このように3人が実刑で3人が執行猶予という判決でした。

量刑や判決も大切かもしれませんが、そこに至る過程および判決言い渡しの際の事実認定で出てきた事柄こそが非常に重要です。この6人がやったこと以上に注目が必要かもしれません。

公判と神戸市の調査の両方ともが、この事件を生んだ問題の構造性というものを明らかにしています。両方で指摘されているのは、この加害者らが虐待・暴力を始めた最初の人たちではなかったということです。

彼らがB棟4階に着任したときには、すでに先輩看護師たちは日常的に虐待をしていました。車イスに縛り付けて倒す、あだ名をつけて呼び捨てにする、違法な隔離をする等々といった虐待行為ができてはじめて精神科の看護師・看護助手になれる、一人前なのだというような常識がまかり通っていた、加害者たちはそう証言しています。

彼らは、このような環境で良心を麻痺させて犯行に及んでいった―裁判官は判決理由の中でそう事実認定をしています。他の加害者たちの暴力行為を見て、夜間のシフト替えを上司である看護師長に願い出た看護師もいましたが、聞き入れられすらしませんでした。

加えて、そのような虐待行為が横行するに至った、さらなる背景があったことも明らかになっています。違法な拘束・隔離の常態化という問題です。神戸市の毎年の実地調査の記録を見ると、そのような状態は事件発覚前から続いていたことが判ります。毎年のように、「漫然とした行動制限をやめなさい」という指導を神戸市は何度もこの病院に対して行っています。

事件後の更なる市の調査によって、それについてのより具体的な実態が明らかになってきています。精神保健指定医の指示なしに、看護師が隔離や拘束を勝手に繰り返しています。4人をひと部屋にいれて外からガムテープを貼り2週間にわたって閉じ込めるという、長期間の「複数隔離」を行なうというような甚だしい違法行為すらなされていました。患者を車イスにガムテープで縛り付けるといった行為も日常化していました。

神戸市に対して、病院長や病棟勤務医は「そのような実態は一切知らなかった」と答え続けていますが、おかしな話です。医師たちは回診をしていなかった、回診しても病棟・病室に姿が見えない患者がいても、気がつかなかったということでしょうか。

そもそも、これまでも神戸市は何度も「隔離・拘束を漫然とやめよ」と指導し、院長らがそのたびに「そうする」と回答してきたというのは、私たちも情報公開資料によって確認していることであり、違法な隔離・拘束の実態を知らなかったなどと今になっていうのは、筋が通りません。

このような病院のあり方がバックグラウンドとしてあって事件が起きたということが大事な点です。もちろん6人の卑劣な犯罪の惨さを問わなければならないけれども、それで終わっていいということではまったくありません。

神戸市と議会の対応

神戸市と神戸市会も問題を真剣に捉えています。当初は事件そのものの性格、悪質性が焦点でしたが、この病院で虐待が漫然と行なわれており、違法な隔離・拘束も横行していたことを見て、神戸市と市議会は、事態を深刻に受け止め前向きに取り組むようになってきています。

私たちが事件を知る報道以前に警察からの報告を受けた神戸市は、2月3日から臨時実地指導を始めます。被害者、入院患者、職員らへのヒアリング、職員向けのアンケート等を実施し、その結果を受けて、8月17日には、病院のありさまがあまりに深刻な状態にあるとして改善命令を出します。その内容は、不適切な行為を発見した際の職員の通報の徹底、職員の研修強化等の改善であると報じられていますが、改善命令通知書の実物を読むと、さらにさまざまの具体的な命令が出てきています。

9月10日には、私たちが開くよう求めていた、第三者委員会である精神保健福祉専門分科会が招集され開かれます。その席で、神出病院と法人また市に対して、医療団体、専門職団体、家族会等の代表たちから一斉に厳しい批判の声があがります。病院自身に自浄作用はない、病院の解体的処分・徹底した検証作業と研修への第三者の参加が必要である、そういう強い意見が噴き出し、メディアもそれを詳しく報じました。

それを受けて神戸市は、10月22日に神戸市の市会福祉環境委員会で、重要な決定を口にします。

まず、①院長の大澤次郎医師について、精神保健指定医資格取り消しを求める報告を国に対してすることを決定した、と述べました。

②法人が開くとしている第三者検証委員会には、それを機能させるために市が参加メンバーを推薦し、市自らもオブザーバーとして参加する/③研修については、市が外部に委託して講師を送り込むとも答弁しました。

さらに最も重要なのは、④全入院患者と家族に対し、転院・退院の意向確認を含む支援を、外部に委託して行なうという決定でした。

この最後の点に私たちはたいへんに注目しています。被害者や入院患者の方々の救済こそが最も重要なことのはずだからです。

神戸市会はこの事件を受けていくつかの請願を採択してきています。なかでももっとも重要なのは、10月27日の本会議において全会一致で可決した、医療機関に障害者虐待防止法の通報義務を課すように求める意見書でした。 神戸市会に対してはさらに請願を出す準備をしている団体があり、これからも新しい意見書が採択されるということが起きるでしょう。改善命令に取り組む市の動きもまだまだ止まることはないと見られます。

積み残されている問題

神戸市当局と神戸市会がどのように神出病院問題に取り組んでいるのかということについてお話ししましたが、なお積み残されたままの重要な事柄があるということを押さえておきましょう。

まず、被害者救済です。被害者を含む入院患者の人たちの救済がなされていません。転院や地域移行に向けた支援は、まったく着手されていないままです、これが私たちの最大の関心事ですが、先延ばしになったままです。

次に責任追及の不十分さです。大澤次郎病院長の精神保健指定医資格取り消しに向けての動きは始まりましたが、彼ひとりの責任の問題ではあり得ません。事件加害者たちが虐待の手本とした職員たちの処分は、病棟勤務医たちの責任は、また経営法人の責任というのはどうなっているのかなどについては、まったく問われていません。

次に法改正についてです。障害者虐待防止法の改正を求める意見書を神戸市会は可決しましたが、他にも精神保健福祉法の認めている隔離・拘束、また医療保護入院の廃止を検討しなければならないという議論が必要です。また、精神科病院には人員配置が少なくても良いとする「精神科特例」の問題もあります。法の見直しや制度改革の必要は、この事件を、また事件の背景を通して、数々多く現れてきていることに目を留めなければなりません。

兵庫県精神医療人権センターの取り組み

私たち兵庫県精神医療人権センターは、事件が報道された3月5日の2日後には神出病院に手紙を送って訪問を要望しました。この病院にはこれまでの31年間、訪問と見学を断られてきました。このような事件があった今こそ受け入れてもらえないかと打診したのですが、かないませんでした。

4月3日には、声明文の発表をしました。続けて、神戸市への申し入れ書・質問書提出、裁判の傍聴、市の担当者と会っての交渉に取り組みました。また、市当局や議会に前向きに動いてもらうためにもメディアに積極的に働きかけました。

NHKからの出演依頼を受けて7月2日放映のETV『バリバラジャーナル どうなってるの?日本の精神医療』に私が出演したのもそのためです。

8月3日には、兵庫県弁護士会、兵庫県精神保健福祉士協会、兵庫県社会福祉士会、兵庫県精神福祉家族会連合会、兵庫県医療ソーシャルワーカー協会と私たちという6団体の連名で、市に対し、第三者検証委員会設置を求める要請行動を行ないました。

8月13日と9月17日にわたって2回、過去5年間にわたるもの、そして事件発生後のものも含め、「630調査結果とは別に、実地指導調査、実地指導の全報告を出してほしい」という情報公開請求をしました。結果、全部で1000ページを超えるコピーを入手し、いまそれを読み解いているところです。

8月17日の市の改善命令に対しては、積極的に評価すべき点はそうするとともに、「更にこういう課題が残されているのではないか」という申し入れ書を出してもいます。

肝心の神出病院に対しては、私たちはいまだ訪問ができないでいます。また、入院患者の方やそのご家族とコンタクトを取るのもむずかしいという壁にぶつかってもいます。少しでも繋がりをつくろうと、9月5日からは送迎バスの乗り場所2ヶ所に行って、患者ご家族や職員の人たちに電話相談の窓口を紹介しメッセージを書いたカードを渡したり、話しかけたりというような活動も始めています。

9月9日には、神戸に会社があるテレビ・新聞・ラジオの全社に呼びかけて、事件についての記者レク集会を開催しました。非常に関心が高く、9社からの13名参加という大勢の方が集まって活発な意見交換がなされました。

まとめ

私たちにできたこと、できなかったこと、その2点について振り返って、まとめとします。

ただし、いまだ被害者・入院患者の方たちへの救済と支援がまったくなされておらず、真相究明も不十分な段階で、これができたという言い方をするのには、私自身ためらいがあります。

その上で、あえてできたということについて申すなら、市当局や議会が、またマスメディアの方たちが積極的に取り組み続ける、そういう流れを後押しするということができてきた面はあるのかもしれません。

もちろん、それは関係諸方面との連携で進められてきたことです。ただ、その協力関係のなかで、被害者・入院患者救済が何よりの優先課題であるということを、絶えずあらゆる方法で訴え続けてきたということは、兵庫県精神人権センターがやってきたこととして言えるかもしれません。

真相究明と再発防止ということの必要については、皆、口を揃えて言います。しかし、まだ病院内に留め置かれている被害者・入院患者を救済・支援するのが、第一の優先課題なのだということを常に言い続けてきたのは、私たち兵庫県精神医療人権センターでした。どの行政交渉でも、どの報道への働きかけでも、そしてどの協力団体間の会議でも、このことを必ず強調してきました。

また、メディア各社の報道が、一過性の事件報道ではなく、問題の構造や法改正の必要に迫る取材・論調となっていくように深まるような後押しもできたかもしれません。

できなかったことについて言うならば、繰り返しますが、まだ被害者と入院患者の救済が着手されていないということを強調しなければなりません。

さらに言うならば、今回の事件発覚以前に、630調査結果や情報公開資料の読み解きをしっかりできていれば、神出病院でこのような事件が起きていたことは察知でき、警鐘を鳴らすアクションが起こせていたのではないかという悔しさも抱いています。

これだけ報道がされ、またそこで私たちのことが伝えられながら、入院患者とご家族からのSOSの声が私たち人権センターに届かないままである、この現実も深刻に受け止めています。私たちの広報が足りていないという問題なのか、別に原因があるのか―どうすれば繋がりをつくっていけるのか真剣に考えなければなりません。

加えて、市が入院患者と家族に向けての意向確認作業や退院・地域移行支援を検討する際に、そのチームの構成員として私たちに声が掛からないという現状は、まだまだ行政の信用と評価が得られていないことを示しているのかもと反省してもいます。

これからの神出病院問題解決のための課題は、繰り返しますが、被害者・入院患者救済に向けた更なる連携と働きかけをすること/また、大阪のような市民オンブズマン制度誕生に結びつける動きをなんとかしてつくること/そして、この事件の根本的解決のためにも、法改正・制度改革に向けた運動を前に進めて行くということなどです。

ありがとうございました。